「旗印」を持つことの意味。
“目的を持たぬ者は、誰でもない存在”
“A man without purpose is like a ship without a rudder – a wait, a nothing, a no man.”(目的を持たぬ者は舵のない船のようなもの。漂流者であり、空虚で、誰でもない存在である)
19世紀のイギリスで活躍した歴史家であり思想家のトーマス・カーライルは『衣装哲学』のなかでこのように述べました。道徳や労働の価値を重んじ、社会批評や英雄崇拝論などで知られる知識人の言葉を借りるまでもなく、常に目的を意識し、そのために必要な行動を取ることは、充実した毎日を過ごすために欠かすことができません。それは個人でも、個人の集合体である組織でも同じことです。
近年、企業にとってのパーパスやスタンス、MISSION / VALUE / VISION(以下、MVV)の重要性が強く叫ばれるようになったことは、多くの人が感じているところでしょう。その背景には、社会状況やビジネス環境の大きな変化があります。働き方や価値観の多様化、社会課題への対応に対する要請、目まぐるしい変化に対する柔軟かつ機敏な対応など、企業の舵取りが一層難しくなっている状況にあって、パーパス、スタンス、そしてMVVは荒れ狂う海を航海するのに欠かせない「言葉の羅針盤」としての役割を果たしているのです。

“予測不可能な時代を生きるための「旗印」”
「2035年の世界」を想像するとき、私たちが思い浮かべる光景は決して一つではありません。VUCA(Volatility:変動性・不安定さ / Uncertainty:不確実性・不確定さ / Complexity:複雑性 / Ambiguity:曖昧性・不明確さ)の時代、これまで常識とされていたことが、ある日突然に根底から覆されるという劇的な変化が当たり前になっています。AIに代表されるようなテクノロジーの発展がもたらす社会変容は目覚ましく、私たち一人ひとりの価値観を容赦なく揺さぶり、変化への対応を否応なく迫ります。コロナパンデミックを契機として、それまで見過ごされてきた社会課題が浮き彫りになり、予測できない不連続な変化の只中に生きていることを多くの人が実感していることでしょう。
この課題は企業にも当てはまります。かつての右肩上がりの成長が約束されていたように感じられた時代は遠い過去となりました。強烈なリーダーシップを持った経営者たちが示す「答え」に向かって一丸となって進むことで成果を上げていたのは、社会全体で共有できた包括的な価値体系、いわゆる「大きな物語」が機能していたことが大きな要因でした。「明日は今日より必ず良くなる」と信じて疑わなかった、ある意味ではとても幸せな時代だったと言えるかもしれません。一方、現代社会はこの「大きな物語」に替わって、一人ひとりが自ら紡ぐ「小さな物語」の時代へと移り変わっています。価値観は一層多様化し、経済や教育の格差は拡大の一途を辿っています。誰もが信じられる「大きな物語」という唯一無二の「答え」によって組織を束ねようとするのは、残念ながら幻想と言わざるを得ません。
「答え」で人心を掌握できないのであれば、企業は何を旗印としてチームメンバーと共に歩めば良いのでしょうか。それは、志を同じくする人の間で共有できる「問い」です。「自分たちは何のために存在しているのか?」「この企業が目指すのは、どのような未来なのか?」「自分たちが大切にしたい価値観は、どのようなものなのか?」といった「問い」を立てることで目線は自然と揃います。一人ひとりの持つ「答え」は異なるとしても「問い」は共有できる。企業を牽引する経営陣でも、社会に出たばかりの新入社員でも、その立場や経験に関わらず、たった一つの「問い」を共有することが予測不可能な変化にあふれる時代には欠かせないのです。「答え」は経営陣の交替や、外部環境の変化によって、ともすれば一瞬で変わりかねないものですが、本質を捉えた普遍的な「問い」はいつまでもそこにあり続けます。

変化し続けることが、唯一の不変
社会や組織が取り組むべき課題に対し、多彩な背景を持つ人々を招き入れた対話を通じて誰もが信じられる未来の実現を目指すフューチャー・セッションと呼ばれる共創プロセスや、企業や組織の存在意義を言語化し、事業の原点や根拠を規定したパーパスが注目されている背景にも、「答え」ではなく「問い」によって人々の意識を束ねていきたいという考えが表れているのでしょう。投資家をはじめとしたステークホルダーが企業価値を判断する際にも、財務指標だけではなく「社会的な存在意義」を重視する傾向が強まってきています。社会全体として「その会社は何のために存在しているのか?」という「問い」を重視する傾向がはっきりと見て取れるのです。
2022年、INVALANCEでも、MVVを改めて整理する取り組みを行いました。INVALANCEに息づいてきた価値観を丹念に掘り起こし、まだ見ぬ未来に向けて共有すべき「問い」を立てたのです。この「問い」は誰かがつくったわけでも、どこからか借りてきたわけでもありません。これまでもINVALANCEに存在していた「魂」のようなものに「言葉」という形を与えたもので、INVALANCEの人格やパーソナリティを言語化したという理解が正しいでしょう。

新たな事業領域への進出や海外展開など、これから本格化するINVALANCEの挑戦でも、MVVが旗印となります。私たちらしくあり続けるためには、どの事業についてもMISSIONやVALUEに応えているかを問い続ける必要があります。その「問い」の果てに、先行きの見えない世界でも輝きを放つVISIONが、はっきりと見えてくるはずです。「問い」と向き合うことをやめない姿勢は、「変化し続けることが、唯一の不変である」というINVALANCEのDNAとも共鳴するものと言えるのではないでしょうか。