特集 11 マンション管理の「守り」と「攻め」 ~資産を、ずっと大切に~

Vol. 01

老朽化の影に潜む危機~あるマンションの物語

老朽化、無関心、リプレイス…マンション管理の危機を、住民たちの物語と最新データで描き出します。2026年施行の区分所有法改正が合意形成を変え、DX(アプリ・LINE移行、AI活用)が課題解決の鍵に。

現場の声から見えるのは、ただ守るだけじゃない「攻め」の姿勢。資産価値を長期的に守り、育て続けるために、今、私たちができることとは?最前線のリアルを、今、ここから読み解きましょう。

静かな始まりの予兆

都心のベッドタウンに佇む「グリーンコートマンション」。1980年代後半に建てられた12階建ての建物は、かつては若いファミリーの憧れだった。エントランスのタイルは少し剥がれ、廊下の照明はちらついているが、住民たちはそれに気づかないふりをしていた。

主人公の佐藤さんは、50代のサラリーマン。このマンションを10年前に中古で購入した。妻と高校生の娘との3人暮らし。佐藤さんは理事会の役員を一度引き受けたが、「誰も参加しない総会で、何を決めても意味がない」と諦めていた。オーナーの多くは投資家で、実際に住んでいるのは半分以下。連絡がつかない所有者も増え、修繕積立金はいつも不足気味だ。

ある雨の夜、佐藤さんの部屋で天井から水が滴り落ちた。原因は上の階の給排水管の老朽化。管理会社に連絡したが、返事は遅く、「総会で決議が必要」との答え。佐藤さんはため息をつく。「管理費を払ってるのに、何も進まないのか…」

高齢化の波が襲う

マンションの最上階に住む高齢の田中夫婦。田中おじいさんは80歳を超え、階段の昇降が辛い。エレベーターのメンテナンスが遅れ、故障が頻発するようになった。理事長のなり手がいない中、田中おじいさんが仕方なく引き受けたが、体力の限界を感じていた。

「若い人は仕事で忙しいし、投資オーナーは顔も知らない。どうやって総会を開くんだ?」田中おじいさんは独り言のように呟く。国土交通省のデータによると、2025年現在、マンション居住者の高齢化率は31%を超え、理事の平均年齢は62.8歳。70歳以上が4割を占める。グリーンコートも例外ではなく、総会出席率は28.4%と低迷。欠席や委任状頼みで、議論は深まらない。

そんな中、電気料金の高騰が追い打ちをかけた。2024~2025年の平均18%上昇で、管理費が圧迫される。修繕積立金の平均残高は1戸当たり180万円だが、築30年超の物件の4割で必要額の6割以下しか貯まっていない。佐藤さんは「このままじゃ、建物が崩壊する前に組合が崩壊しそう」と不安を募らせる。

無関心の連鎖とリプレイスの影

投資オーナーの一人、遠方に住む鈴木さん。マンションを購入したのは利回り目的で、管理には無関心。総会の通知が来ても、手紙を読む面倒くささに放置。アプリやLINEへの移行が進む業界トレンドを知らず、議決権行使を怠る。結果、総会は成立せず、修繕計画は先送り。

ある日、鈴木さんに他社の営業が訪れた。「うちなら管理費を年間5万円安くしますよ」。鈴木さんは即決。昨年、業界ではリプレイス(管理会社変更)が急増し、矢野経済研究所によると、管理費市場は8500億円規模ながら、競争激化で中小会社の統合が進む。グリーンコートでも、昨年1棟がリプレイスされ、今年は3棟の兆し。理事長候補の背後に他社が潜むケースも増え、価格比較で議案が提出されると、関心のない住民は安い方に流れる。

騒動は臨時理事会で頂点に達した。鈴木さんが「安い管理会社に変えましょう」と議案を提出。佐藤さんは立ち上がり、声を震わせながら訴えた。「安さだけを追いかけると、質が落ちて修繕が遅れ、建物が劣化する。結果、売却時の価格が下がり、あなたの投資利回りが減るんです。管理の質が、資産価値を決めるんですよ」。鈴木さんは一瞬黙り込んだ。佐藤さんは続けた。「管理のプロが正しく導いてくれてこそ、資産価値は保たれます。安易な変更は、結局自分たちの首を絞めるだけです」

住民たちの視線が鈴木さんに集まる。田中おじいさんが頷き、「佐藤さんの言う通りだ。安くても、建物がボロボロじゃ意味がない」とつぶやく。鈴木さんはため息をつき、「…確かに、利回りが減ったら意味がないな。撤回します」と議案を引っ込めた。無謀な変更は食い止められたが、住民たちの間に「自分たちで決めないと、資産が守れない」という意識が芽生え始めた。

法改正の光と新たな試練

2025年の区分所有法改正が話題に上る。2026年4月施行で、立て替え決議要件が4/5から3/4へ緩和。所在不明所有者の除外、出席者多数決、建物敷地売却、一棟リノベがしやすくなる。佐藤さんはこの改正を「長年の停滞を破る突破口」と捉えた。「これで、連絡が取れない人を除外して、出席者の意思で決められるようになった。もう『誰もいないから何もできない』は通用しない」。田中おじいさんは希望を抱く。「これでようやく決まることが増えるかも」

一方で、改正マンション管理適正化法も施行され、管理計画認定制度が新築まで拡大。管理業者管理者方式(第三者管理方式)の規制強化が注目された。なり手不足の解消策として、管理会社が理事長役を担うこの方式は近年急増しているが、国土交通省ガイドラインにより、利益相反(不適切な工事発注など)の防止が厳格化された。「プロに任せるからこそ、チェック機能が不可欠である」という背景から、工事選定の透明性義務や、組合への事前報告が強化されている。グリーンコートの管理会社は対応に追われ、佐藤さんは「プロに丸投げするなら、なおさら信頼できる管理会社を選ばないと」と痛感した。アプリ移行やAI活用のトレンドが、業界の転換点だ。

水漏れが全棟に広がり、臨時総会が開かれる。佐藤さんと田中おじいさんが中心となり、アプリで通知を試み、出席率が上昇。法改正を活用し、修繕決議が可決された。鈴木さんは総会後、佐藤さんに声をかけた。「自由度が増した分、自分たちで決める責任がある。でも、プロが正しく導いてくれるなら、自分もこの資産を守るために参加したい」。無関心だった投資家が、組合運営の当事者へと変わる瞬間だった。住民たちは「管理は自分の資産を守るためのもの」と実感し、出席率が徐々に上がっていった。

物語の教訓~市場の課題を乗り越えて

この物語はフィクションだが、現実のマンション管理市場を映し出している。矢野経済研究所の2025年データでは、管理費市場8500億円、2030年9764億円へ成長予測。一方、課題は山積:役員不足(離職率15%超)、積立金不足(築30年超40%不十分)、所有者不明問題。

法改正は希望の光だが、成功のカギは住民の意識改革と、管理会社がどれだけ「寄り添い、支える」かにある。出席率の低迷やプロへの丸投げ規制強化が示すように、知識を持って主体的に選ぶことが、資産を守る第一歩だ。次号Vol.02では、この課題のデータと深層をさらに掘り下げます。