マンション管理市場の深層~組合運営の課題と法改正のインパクト
前回の物語のようマンション管理はいま、大きな転換点を迎えています。
管理組合運営の現場では、総会出席率の低下、役員不足、修繕積立金の不足、所有者の無関心、管理会社のリプレイスリスクといった課題が同時進行しています。加えて、2026年4月施行の区分所有法改正により、建て替え決議や所在不明所有者対応など、合意形成の枠組みが大きく変わります。市場規模は拡大しているにもかかわらず、組合運営の基盤は揺らいでいます。
本稿では、マンション管理市場の成長動向を整理したうえで、管理組合が直面する構造的課題、区分所有法改正の具体的影響、そしてこれからの運営戦略について解説します。

拡大するマンション管理市場 ― ストック時代の本格化
日本のマンション管理市場は、ストックビジネスの典型として堅調に拡大を続けています。国土交通省の推計によると、2025年時点のマンションストック数は約710万戸に達し、2030年には730万戸、2045年には800万戸を超える見込みです。この増加の背景には、新築供給の減少にもかかわらず、既存ストックの長期活用が進んでいる点があります。2024年度の新築着工戸数は約10.5万戸と、ピーク時の半分にまで減少しており、市場は明らかに「ストック時代」へ移行しています。
矢野経済研究所の最新調査(2025年)では、マンション管理費市場は2025年で8,796億円(前年比2.2%増)と推計され、2030年には9,787億円(2024年比13.7%増)に成長すると予測されています。これは、新築分譲価格の高止まりや人件費・資材費の上昇が管理費の上昇を後押ししているためです。また、共用部修繕工事市場は2025年で1兆38億円(前年比7.3%増)、2030年には1兆539億円(2024年比12.7%増)と、より高い成長率が見込まれています。経年劣化による小規模修繕の増加や、長寿命化対応のニーズが市場を支えています。
修繕工事市場では、大規模修繕(外壁・屋上防水など)が主力で、全体の70%超を占めています。全体として、中長期的に成長継続の見通しですが、派生サービス(生活支援・ICT活用)の拡大が新たな成長ドライバーになると指摘されています。例えば、マンション管理から派生した「総合ソリューション」事業(高齢者支援、EV充電設備設置など)が、新たな収益源として注目されており、従来の「管理」中心から「生活支援」へシフトが進んでいます。
市場成長の裏側で進む運営課題
市場が拡大する一方で、管理組合の運営基盤にはさまざまな課題が顕在化しています。

1.高齢化と担い手不足
多くのマンションで居住者の高齢化が進み、理事会役員の年齢層も上昇しています。役員のなり手不足は全国的な課題となっており、理事長の選任が難航する事例も報告されています。
総会出席率の低迷や委任状への依存も見られ、合意形成の質が十分に担保されにくい状況があります。築年数の経過した物件では、修繕計画の見直しや積立金改定が先送りされるケースもあり、将来的なリスクを内包しています。

2.積立金とコスト上昇圧力
建物の高経年化に伴い、大規模修繕や設備更新の必要性は高まっています。しかし、十分な積立水準に達していないマンションも一定数存在します。
加えて、資材価格や人件費、エネルギー価格の上昇が管理費や修繕費に影響を与えています。費用改定を提案しても、生活コスト上昇を背景に合意形成が難航する場合があります。その結果、修繕が先送りされるという悪循環が生じる可能性があります。

3.所有者の多様化と無関心
相続未了や海外在住、投資目的所有の増加などにより、連絡が取りづらい区分所有者が存在するケースも見られます。居住実態のないオーナーが増えることで、管理への関心度に差が生じ、長期修繕計画や資金計画への理解にばらつきが生まれています。
これは単なる事務的課題ではなく、ガバナンスの問題でもあります。

4.管理会社リプレイスの増加
コスト意識の高まりを背景に、管理会社の変更を検討する動きも活発化しています。価格比較が中心となる一方で、サービス品質や長期的安定性とのバランスが十分に議論されないケースもあります。
業界再編が進むなかで、管理組合にはより高度な判断力が求められています。
区分所有法改正の詳細と影響
2025年改正、2026年4月施行の区分所有法は、管理・再生の円滑化を目的とし、組合運営に大きな影響を与えます。主なポイント(国土交通省資料より)を詳しく説明します。
・決議要件緩和
建て替えは原則4/5の賛成が必要ですが、耐震不足・火災安全性不足・外壁剥離リスク・配管劣化・バリアフリー未適合の客観的事由時、3/4へ緩和(改正法62条2項)。影響は建替え実績(累計323件)の倍増見込み。老朽化マンションの再生が加速し、修繕遅延による資産価値低下を防ぎます。ただし、事由認定のための専門家判断(建築士など)が鍵で、誤用防止のガイドラインが必要
・所在不明所有者除外
裁判所認定で決議母数から除外(改正法38条の2)。所有者不明専有部分管理制度新設で、管理不全部分の競売・所有権取得可能。影響は連絡不能住戸5%の問題を解消し、総会成立率向上。海外在住オーナー増加に対応し、国内管理人義務化で代理人選任を促進。マンション管理適正化法との連動で、管理不全マンションの早期介入が可能に。
・出席者多数決
共用部分の軽微な変更、規約設定、日常的な修繕や使用細則の改定などの普通決議が出席者の過半数で可決(改正法17条、31条)。影響は出席率28.4%の低迷をカバーし、日常的な管理・運営に関する議論の活性化につながる。大規模なバリアフリー改修などの共用部分の大幅な変更は引き続き3/4の賛成を要するため、軽微な事項から迅速に進めやすくなり、居住者の生活品質を段階的に向上させる。規約改正の柔軟化により、第三者管理者方式の普及が加速する見込み(31%の組合で拡大予測)。
・国内管理人制度
海外在住所有者に国内代理人義務化。影響はグローバル化によるオーナー多様化に対応。連絡難航を減らし、総会効率化。
・管理制度新設
管理不全専有部分管理命令、管理組合法人による所有権取得(改正法52条の2)。影響は放置物件の強制管理が可能に。被災マンションの再生円滑化(特別措置法改正)で、災害時決議要件緩和。全体として、合意形成の障壁を除去し、建替え・リノベの選択肢拡大。マンション再生法改正で隣接地権利変換可能、容積率・高さ制限緩和により、再開発プロジェクト増加見込み。 これらの改正は、マンションの「長寿命化」と「再生促進」を目指しますが、影響は二面性あり。緩和で迅速化する一方、少数派オーナーの権利保護が課題。管理組合は規約見直しを急ぎ、専門家活用を推奨。
将来展望
将来を展望すると、矢野経済研究所の調査では、マンション管理費市場および共用部修繕工事市場の合計が中長期的に拡大すると予測されています。管理費市場は2030年に約9,787億円、修繕工事市場も約1兆539億円規模に達すると見込まれており、全体として1兆円台に迫る展望です。
こうした成長は、マンションの長寿命化対応や修繕ニーズの増加を背景にしています。その成長を支える鍵となるのが、DXの本格的な進展です。オンライン総会の普及による出席率の向上や、AI活用による業務効率化は、すでに管理現場の在り方を変えつつあります。実際に、AIによる予測メンテナンスを導入することで、修繕コストを約20%削減した事例も報告されています。

さらに、ZEH-Mや太陽光発電の導入は、国の補助制度の後押しもあり、分譲マンションにおいても普及が進みつつあります。環境認証(CASBEEやLEED等)を取得した物件では、賃料や投資評価にプレミアムが確認されるケースもあり、環境性能が資産価値に影響を与える可能性が指摘されています。
こうした動きを背景に、マンション管理業界は従来の「建物管理」にとどまらず、高齢者支援サービス、EV充電設備の導入支援、共用部のシェアリング活用など、生活価値を高める総合的なサービスへと領域を広げつつあります。
また、電子総会やクラウド型管理ツールの活用は着実に広がっており、今後も管理の透明性や効率性を高めるデジタル化の流れは加速すると見込まれます。
一般社団法人マンション管理業協会によると、『マンション管理適正評価制度』の登録件数は2025年11月時点で1万件を突破しました。この制度は管理の状態を専門家が評価し、管理組合の運営の適正性を可視化する仕組みとして機能しています。テクノロジーによる効率化と、人が人に寄り添う姿勢。その両輪がかみ合ったとき、マンション管理は単なる維持業務を超え、資産と暮らしの価値を未来へつなぐ存在へと進化していくはずです。
