特集 06 「旅」の新たな愉しみ – アパートメントホテル という選択肢。

Vol. 02

「旅」のカタチを選ぶ時代へ。

世界中が「旅」を求めている。

今、世界は再び「旅」で満たされています。一時期、しんと静まり返っていた空港や観光地には、かつての賑わいが戻ってきています。国連世界観光機関(UNWTO)によると、2023年の国際観光客到着数(海外旅行で国境を越えて移動した観光客の総数)は約 12.86億人。2024年第1四半期についても約2.85億人とコロナパンデミック前の2019年の約97%にまで回復しており、ほぼコロナ禍以前の水準に戻っています。未曾有の災禍を乗り越えた人々は、自宅に閉じ込められていた時間を取り戻すかのように、再び世界各地へと歩き出しているのです。

日本もまた、この世界的な潮流のなかにあります。日本政府観光局(JNTO)の発表では、2024年通年での訪日外国人旅行者数(インバウンド)は約3,687万人に達し、2019年(コロナパンデミック以前)の3,190万人を凌駕しています。2025年4月だけ見ても約391万9,000人で、前年同月比で28.5%も増加しています。東京、大阪、京都など昔から変わらぬ人気を誇る観光名所はもちろんのこと、私たち日本人でさえも知らないような小さな町にまで多くの外国人観光客が訪れ、さまざまな国の言葉、そして、変わらぬ笑顔が満ちています。その様子からは、世界中の旅行者を惹きつける日本の魅力を実感することができます。

かつて「旅」は「目的地までの旅程」が大きな割合を占めていました。移動の過程で起こる出来事すべてが「旅」であり、知らない土地を通り、知らない人と言葉を交わし、知らない文化や風習を体感することすべてが「旅」そのものでした。一方で、高度に移動手段が発達した現代では、1日あれば世界中のほとんどの場所へ行くことができます。必然的に、「旅程」よりも「目的地での過ごし方」が「旅」の持つ魅力の大部分を占めるようになったのです。

「旅」を深める多様な過ごし方

誰と、どこで、どのように過ごすか。それが「旅」の価値を大きく左右する時代になり、それぞれの好みにあった滞在を実現できる宿泊スタイルが登場してきています。少し前であれば、「集合時間に合わせて団体で移動し、あらかじめ決められたホテルに宿泊し、決まったルートを巡る」というのが旅行の基本的な流れであり、このタイプの旅行は現在でも一定の需要があります。一方で、すべての体験を自分で選択したいと考える人たちにとっては、やや物足りなく映るのも確か。多くの時間を過ごす宿泊施設は「旅」全体の印象をも左右する重要な要素。「旅は『どこに泊まるか』から始まる」と言っても過言ではありません。ここからは、多様化する宿泊スタイル、その代表的なものを見ていきましょう。

❶ 暮らすように滞在する「レジデンスホテル」
その名が示すとおり、レジデンスホテルはホテルの一種で、都会のビジネス街や観光エリアに自分だけの隠れ家を構えるような宿泊スタイルです。キッチン、洗濯機、冷蔵庫、広々としたリビングルームなど、「住むように滞在する」というゲストの願望を実現する設備が整っているのが特徴です。数日から数カ月の中長期滞在も多く、長期出張のビジネスマン、学会出席の研究者、海外からの留学生などの利用も見られます。

都市部のレジデンスホテルに滞在するケースであれば、朝は近隣のスーパーマーケットで買った焼きたてのパンと熱いコーヒーで始まり、午後は地元で人気のカフェで仕事をし、夜は友人を呼んでホームパーティーを楽しむといった生活も実現できます。地方であれば、市場で地場の食材を手に入れて自炊を楽しんだり、地元の生産者と交流する時間なども持てるでしょう。

「旅」が日常に変容し、その土地のリアルな暮らしを味わえるため、その土地の文化への理解も深まります。ある程度の時間の余白が、観光地を巡るだけでは得られない特別な体験をもたらしてくれます。ホテルの安心感がありながら、自宅で過ごすような自由も得られるのがレジデンスホテルの醍醐味でしょう。

❷ ホテリエの個性があふれる「ブティックホテル」
ホテルに泊まること自体が「旅」の目的になるのであれば、それはブティックホテルの引力のせいかもしれません。ブティックホテルを語るうえで外せないのが「ホテリエ」という存在。ホテリエとは、そのホテルの世界観を司り、企画や運営に関するすべての意思決定に責任を持つ、言わばそのホテルの象徴です。このホテリエの個性と創造性を原点として、一軒ごとに練り上げられた独創的なコンセプトに従い、外観、インテリア、プロダクト、食体験、アート、アクティビティに至るまで徹底的にこだわったのがブティックホテルなのです。

ショーン・マクファーソン、アンドレ・バラージュ、エイドリアン・ゼッカら、世界的に名を知られたホテリエは数多くいますが、やはりブティックホテルと言って最初に名前が挙がるのはアレックス・カルダーウッド(故人)でしょう。1999年、彼が米・ポートランドに開業した「エースホテル」が嚆矢となり、その後のブティックホテルの趨勢を決めたと考えられています。

ブティックホテルは、コンセプトやデザインに強いこだわりを持ち、いわゆるホテルチェーンと比較して比較的規模は小さめ。そして、建物やコンテンツに地域文化を積極的に取り入れているケースが多く見られ、ホテルを構成するすべての要素が感性を刺激します。ブティックホテルでは、ゲストとスタッフの距離感が近いのも魅力のひとつ。格式ばった古典的なホスピタリティにこだわらず、ゲストの心地よさを最優先しています。空間に込められた物語や、デザインの裏側にある思想などもゲストを魅了し、ただ宿泊する以上の体験をもたらしてくれるでしょう。

ブティックホテルは感性と感性が響き合う場所であり、唯一無二の体験を求める人にとっては最高の選択肢です。

❸ プライベートな楽園「リゾートヴィラ」
旅先に、もう一つの邸宅を持つ ―― そうした夢を叶えてくれるのが、リゾートヴィラです。ヴィラとは、独立した一棟貸しまたは完全プライベート仕様の宿泊スタイルのこと。リゾート地に多く見られ、自然に抱かれる場所で、心と体を解き放つような滞在が楽しめます。

最大の魅力は、何にも邪魔されないプライバシーです。敷地内に足を踏み入れれば、そこは自分たちだけの世界。専用プール、ジャグジー、デッキチェア、ハンモック、暖炉、薪風呂、アウトドアダイニングなど、充実の設備がゲストを迎えます。リビングの扉を開け放ち、風が運ぶ森の香りや爽やかな潮風に包まれながら、日常にはない静かな時間を過ごす —— そんな贅沢がリゾートヴィラには満ちています。

リゾートヴィラには、スタッフが常駐しない完全セルフタイプから、コンシェルジュ付きのハイエンド仕様まで、さまざまなスタイルがあります。まるで高級別荘のような空間で過ごすひとときは、記念日やハネムーン、三世代の家族旅行など、特別な時間を演出するのにぴったりです。

自然と一体化するような感覚、誰にも邪魔されずに深呼吸するような自由。それが、リゾートヴィラの真価。日常を完全に断ち切り、心からリセットできる極上の解放を求める人には間違いない選択となるでしょう。

❹ ひととき、その家の住人となる「民泊」
見知らぬ誰かの家を借りる民泊は、旅行者にとって特別な体験となります。2018年6月15日に施行された住宅宿泊事業法(民泊新法)により、日本でも民泊サービスが合法化され、広がりを見せています。

民泊のキーワードは「個性」と「生活感」。築年数や建築スタイルは物件ごとに異なる「個性」を持ち、京町家の趣ある物件、アート作品に囲まれたデザイナーズ空間、山里の古民家など、空間自体が小旅行となるのは民泊ならではの特徴です。また、ホテルなどではできるだけ隠される傾向にある「生活感」を敢えて楽しめるのも民泊の魅力。部屋の隅に佇む古い卓袱台、窓の外に揺れる庭木、ホストがもてなす手作り朝食。そうした小さな演出の積み重ねが、いつもでも忘れない、旅の思い出になります。

その土地に詳しいホストと旅のプランを練ったり、地元の隠れたスポットを教えてもらったりと、地域に暮らす人からのリアルな情報が得られるのも民泊を利用するメリットでしょう。民泊ではチェックインの方法や鍵の受け渡し、ゴミ出しのルールなどに多少の煩雑さが伴いますが、「不便を楽しむ感覚」を持つことで旅の味わいは深まることでしょう。民泊には、ほんのひと時、その家の住人を演じるような楽しさがあります。期間限定のホストとの共同生活のような滞在。そこで交わされる小さな親切や心遣いが、民泊の魅力なのです。

❺ 心温まる時間を過ごせる「B&B」
欧米にルーツを持つB&B(ベッド&ブレックファスト)は、ベッドと朝食だけを提供するごく小規模な宿泊スタイルです。宿泊するのはオーナーの自宅の一部を開放した空間であることも多く、質素でありつつも暖かい雰囲気がB&Bの特徴です。

温かい笑顔、大切に焼かれたパン、自家製ジャム —— ホストのもてなしの心を感じる朝食を囲みつつ、他の宿泊者と自然な会話が始まるような、特別な朝のひとときを楽しむことができます。そこでは年齢も国籍も知らない誰かと、旅先で出会う面白さがあります。ほんのひとときの食事が、見知らぬ他人同士を旅仲間に変え、心の距離を縮めてくれるでしょう。B&Bは単なる宿泊施設ではなく、小さな家族の輪のような温もりのある時間を提供してくれます。他の宿泊タイプと違い、B&Bではアメニティが限られます。バスタオルやドライヤーすらないかもしれませんが、その余白に宿るものは、本当に大切な人とのつながりや旅する喜びが埋めてくれるでしょう。

ここで挙げた宿泊スタイルはほんの一例に過ぎません。他にも、安価な宿泊費が魅力で世界中からバックパッカーが集う「ゲストハウス」や「ドミトリー」、森のなかのドームテントやキャビンで自然と共存しながら快適なアウトドアステイを実現してくれる「グランピング」なども、宿泊体験の多様性を支えています。

「アパートメントホテル」という進化形ホテル

数ある宿泊タイプでも、近年、特に注目を集めているのが「アパートメントホテル」です。「ホテルの安心感」と「アパートメントの自由さ」を兼ね備えたこの形態は、旅慣れた人にも、初めてその土地を訪れる人にも、新鮮な驚きと心地よさを与えてくれる宿泊スタイルとなっています。

アパートメントホテルは欧米に起源持ちます。昔から海外では数週間単位で特定の場所に滞在するビジネスパーソンや研究者、長期旅行者が多く、「暮らすように泊まれる空間」が求められてきました。従来のホテルは長期滞在を前提としないことから、自炊可能なキッチンや広いリビング、洗濯機などの生活家電も備えた「サービスアパートメント」が都市部で発展し、さらに短期の利用に対応したものとしてアパートメントホテルへと発展していったのです。

日本では2010年代後半から徐々に広がり始め、2019年以降のコロナパンデミックを経て、一気に注目が高まりました。感染予防の観点から、非接触、自炊、長期滞在というアパートメントホテルが持つ特徴がフィットしたのだと考えられており、今では、東京・京都・福岡・札幌など、全国の主要都市や観光地に多数の施設が誕生しています。日常を取り戻した現在でも、アパートメントホテルの利便性は失われることなく、新しい宿泊スタイルの担い手として存在感を高めています。

旅の自由は、宿選びから始まる

旅とは、自由そのものです。知らない土地へ行き、知らない人と出会い、知らない空気を吸い込む。その一つひとつが、私たちの中に新しい感覚を芽生えさせてくれます。それぞれに異なる表情を持ち、それぞれに異なる物語があります。だからこそ、旅のたびに「どんな時間を過ごしたいか」を自分に問いかけ、その答えにふさわしい場所を選ぶこと。それが、これからの旅のあり方。そして、その旅の自由は、どこに泊まるかという選択からすでに始まっているのです。

宿泊施設は、旅の質を大きく左右します。目覚める場所、夜を迎える場所、ひと息つく場所。それが自分にしっくりくるものであればあるほど、旅は深まり、記憶は色濃く残ります。今や、旅は「選ぶこと」で完成する時代です。アパートメントホテルをはじめとした「もう一つの住まい」とも言える新たな宿泊スタイルは、旅の新たな可能性を拓いてくれることでしょう。