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不動産が好きだから、
伝えられる価値がある。

# 特別号

ちがいが、熱になる

同じ原点(場所)から、それぞれの最前線へ。

あの頃は、みんなスーツを着ていた。

今、僕たちはそれぞれ、自分の戦い方を知っている。

型にはまったダイバーシティはいらない。同じ営業部からスタートし、横森は人事総務部でアスリート雇用として、上里はホテル運営準備部で、河野はデベロップメント事業部で仕入れを、萩谷はアセットコンサルティング部で営業事務を担当と、まったく異なるフィールドでそれぞれに尖っている4人がいる。

10年前、同じ営業部で日々を共にしていた4人は、今はまったく異なる持ち場に立っている。今回、その4人に声をかけ、一つの場に集まってもらった。

[PROLOGUE]
同じ営業部という「同じ泥」

久しぶりの再会が、当時の記憶を呼び起こした理由 。

上里
意外と、話すことに困らないっていうか。10年ぐらい空いて、当時のこととか、新しい部署に移ってからの話をしたので、すごく新鮮でした

萩谷
もうちょっと喋りたいなって、正直思いました

河野:
振り返ると、やっぱり大変だったなって思います。今と環境が全然違うので。今となってはいい思い出だなって笑い話で済むところもあるけど、当時は結構、体力的にも精神的にもきつかったです

電話営業がなくなった時代に、何もない場所から始めた仕事。

4人が入社したのは、電話営業という手法がちょうど姿を消した時期だった。

河野:
僕らが関わり始めた頃は、電話営業というやり方をやめて、新しい方法を模索する時期だったんです

萩谷:
本当に何もないところからのスタートで。とにかく自分で動いて、お客様との接点を一から作っていく時代でした

お客様との関係性をつくり、紹介を起点に少しずつ関係を広げていく。地道で、時間のかかるスタイルだった。

上里:
当時は本当にいろんな場所に顔を出しましたよね。人とのつながりを、一つひとつ丁寧に積み重ねていく感覚でした

営業成績を懸けた競争の中で、それぞれが自分なりのやり方を模索していた時代。今のように営業担当が一人でアポ取りから契約まで完結させる体制ではなく、上司が交渉部分を担うことも多かった。

横森:
その頃は交渉自体は上司がやってくれることが多くて、僕らはお客さんとの距離が近い分、本音とか、発言の裏にある気持ちを聞き取る役割でした。これ本心かなって考える癖は、あの頃についた気がします

理屈ではなく感情で人を動かした、先輩の営業スタイル 。

当時在籍していた、圧倒的な説得力を持つ先輩の存在も、全員の記憶に強く残っている。理屈で伝えるのではなく、感情でお客様を引き込んでいく営業スタイル。

横森:
本当にカリスマ性がありましたよね。トークが上手いというより、向こうのペースにこっちが引き込まれていくというか。あれよあれよと、納得させられちゃう

河野:
近くで見ていて、引っ張る力が半端なかったです。理屈じゃない説得力というか、有無を言わせない空気感というか、この人について行けば間違いないって思わせる何かがありました。真似できないなってずっと思ってました

萩谷:
感情の掌握力っていうんですかね。魔法にかけられてるみたいな感覚に近かったです

誰もが認める背中を追いかけながら、それでもあの人にはなれないと痛感する日々。だからこそ、それぞれが自分なりのやり方を探すしかなかった。

一人で抱え込んだ経験が、今の仕事の土台になった理由。

萩谷:
今思えば、あの頃は上司に頼らずに一人で抱え込みがちだったなって。もっとオープンに連携すればよかったって、今の立場になって初めて分かることも多いです

上里:
そうですね。当時は自分のやり方で完結させたい気持ちが強すぎて、周りに頼るのが苦手でした。でも、あの試行錯誤があったから、今どこの部署に行ってもなんとかする力がついた気はします

対人スキル、顧客の本音を読み取る力、そして一人でやり切る胆力。形は違えど、今の4人を支える土台は、あの頃の営業フロアで培われたものだった。

[INSIDE STORY]
それぞれの持ち場で、自分らしく

4人を送り出した役員が、当時の営業部を振り返って語ったこと。

4人が営業部を巣立ち、それぞれの道に進んでいったとき、彼らを見送った役員がいる。山田は、当時をこう振り返る。

今でも、あの頃のことは覚えてる。

社名をインヴァランスに変えて、マインズタワーに引っ越してきた次の年だったかな。ちょうどテレコールをやめて、営業のやり方を大きく変えた時期に入ってきた世代が、彼らだった。当時は、自分も含めて、現場の上司ですら、どうやって数字をつくればいいのか分かってなかった。当然、決まったやり方もなければ、教えられる正解もない。だから、彼らには相当苦労をかけたと思う。

それでも、みんな本当にひたむきだった。

自分で考えて、動いて、悩んで、失敗して。それでもまた考えて、それぞれが自分なりの正解を見つけていった。その結果、上司の言うことを一番聞かない世代にもなったけどね(笑)。

でも、あの頃はそれが面白かった。勝ち気で、個性が強くて、感情も全部表に出る。同期が受注を決めれば、喜ぶ反面、しっかり悔しそうな顔もしてる。嬉しい、悔しい、腹が立つ、焦る。そういう喜怒哀楽を全部抱えながら、毎日仕事をしてた。きれいな言い方をすれば切磋琢磨だけど、実際はもっと泥臭かったよね。

それでも、みんな必死だったし、あの頃にしかない熱があった。だから、彼らが営業から別の部門へ異動することになったときも、不思議と不安はなかった。最初は苦労するだろうなとは思ったけど、あいつらなら大丈夫だろうって。誰かに正解を教えてもらわなくても、自分で考えて、自分で動いて、自分なりの答えをつくっていける。営業でずっと、それをやってきた奴らだったから。

今、それぞれが違う場所で仕事をして、インヴァランスを支えてくれている。役員という立場で今の彼らを見ていると、やっぱり誇らしい。

同時に、これからどうなっていくのか、すごく楽しみでもある。

最後に山田はこう言葉を添えた。

変に丸くならないでほしい。周りに合わせて、小さくまとまる必要はない。あの頃みたいに、ちゃんと悩んで、ぶつかってほしい。今の場所で尖ったまま、これからのインヴァランスを引っ張っていってくれ!

同じ場所から出発した4人が、それぞれまったく違う武器を手にする。それを「バラバラになった」と見るか、「多様性が実を結んだ」と見るか。ここから先の3つの章は、その答えを、4人自身の言葉で辿っていく。

[VALUE 1]
多様性を認めよう─ ジョブチェンジという選択

大きな怪我をきっかけに、働き方を模索し直した日々。

4人の中でもっとも大きな環境の変化を経験したのが、横森だった。営業として現場に立っていた頃から一転、大きな怪我をきっかけに車椅子での生活を送ることになった。

横森:
最初の頃は本当に模索の連続でした。パソコン作業を中心にやらせてもらったりしていたんですけど、体調面でも大きな変化があって、長時間の作業自体がしんどい時期もありました

会社がジョブチェンジにどう向き合ったか、という実践。

ここで語られるべきは、横森個人の頑張りだけではない。会社が、彼の状況にどう向き合ったかということだ。

横森:
焦らなくていい、戻ってきたいと思ったときにいつでも戻ってきてこいと言ってもらえて。それが本当に、ありがたかったですし、救われました

決まったキャリアパスに当てはめるのではなく、本人のペースと状態に合わせて働き方を模索する。それが結果的に、パラスポーツという新しい道につながっていった。

横森:
1日6〜7時間パソコンをするより、同じ時間体を動かしたりスポーツしている方が、体調が安定したんです。営業時代の働き方をまたしたい気持ちもありましたけど、今の自分の身体を考えると、スポーツをすることが自分に合っているかもしれないと思いました

「プロアスリートとして契約している社員がいる」という事実だけを切り取れば、単なる採用施策の一例に見えるかもしれない。しかし実際にあったのは、一人の社員のジョブチェンジに、周囲が時間をかけて向き合ったという実践だった。

日本代表として、次の国際大会を見据える今。

現在、横森は日本代表強化指定選手として、世界を目指す立場にある。

横森:
今、代表の中にはすでに実績のある選手たちがたくさんいて。正直、今めちゃくちゃ厳しい状況です。数年後に控える国際大会、その次の大会も見据えて、どう自分の色を出していくか、試行錯誤の毎日ですね

試合を見てたよとか、頑張ったねって声をかけてもらえるのが、本当に力になってるんです

営業から営業事務へ、葛藤の末に選んだ後方支援という道。

ジョブチェンジは、劇的な転向だけを指すのではない。萩谷が今年、営業から営業事務へと役割を変えたことも、その一つの形だった。ただ、その決断は簡単なものではなかった。

萩谷:
営業を続けられるのは、35歳くらいまでかなという感覚が、自分の中でずっとあったんです。まだ30代前半で、営業としてやれることもたくさんあると思っていた時期だったので、最初にお話をいただいたときは、正直かなり迷いました

一度は断ったという。

萩谷:
最初は正直、もう少し営業を続けたいと思って一度お断りしたんです。自分がこの会社に必要とされる形が変わってしまうんじゃないかという不安もありました

それでも、ある言葉が、迷いの中で決断を後押しした。

萩谷:
今後もっと会社が大きくなったときに、引っ張っていける存在になれるかもしれないと言われて。それなら、と決断しました

決断の背景には、この先も長くこの会社で働き続けたいという思いがあった。

萩谷:
もう転職という選択肢はなくて、たぶんこのままこの会社で定年を迎えるんだろうなと思っています。だからこそ、この先もずっと自分がこの会社の役に立てる形って何だろうって、ちゃんと考えたいと思ったんです

営業という「前線」から、内勤という「後方支援」へ。役割は変わっても、会社を良くしたいという軸は変わっていない。

萩谷:
内勤になって初めて、営業と内勤とでは見えている景色がこんなに違うんだと実感するようになりました

[VALUE 2]
共に高め合おう ─ 違う舞台にいる仲間から受ける刺激

グループ初の自社ホテル事業を、無名から立ち上げる挑戦。

上里は昨年、インヴァランスとして初めてとなる自社ホテル事業の立ち上げに携わることになった。

上里:
グループとしても誰もやったことがない領域だからこそ、逆にチャンスだと思っていて。既存のやり方に染まらず、営業出身の発想を活かした企画で勝負したいと思っています

僕はもともと営業だったので、既存のお客様との関係を、そのままホテルの集客に活かせるんじゃないかと思っていて。グループステイの部屋を使えば、お客さんと一緒に宿泊しながら営業活動もできる。ホテルと営業、両方の強みを掛け合わせられたら面白いなと思っています

前向きな気持ちの裏には、迷いもあった。

上里:
新しいことに挑戦するのはずっと前向きだったんですけど、大阪支店の仲間を置いていくことになるので、そこだけは正直、迷いがありました

それでもやっぱり、自分がやるんだという想いが強かったので、大阪支店の仲間たちには自分から直接話をさせてもらって、今ここにいます

営業から開発部門へ異動して見えた、どこでも通用するスキル。

河野は数年前、営業から開発部門へと異動した。

異動の背景には、年齢を重ねる中で見えてきた、この先の働き方への考えがあった。

河野:
将来が見えなくなっていた時期があって。この先40歳、50歳までこのリレーションを続けるのかと考えると、自分の体やライフステージを考えたときに正直きついなと感じることがありました。それに、若手が一人でアポから契約まで完結できる体制になってきて、上の存在が以前よりも必要とされなくなってきているという状況もあって

異動してみて、すごくやりがいを感じています。何億、何十億というまとまった金額のお金を扱わせてもらうことは、自分では絶対にできない経験なので

開発の難しさについても、河野は率直に語る。

河野:
今は建築費も土地の価格もどんどん上がっていて、良い条件の物件を見つけること自体が年々難しくなっています 経営陣にこの物件を買ってくださいとお願いする立場になって、初めて分かることも多くて。会社のお金を動かす責任の重さは、営業をやっていた頃とは全然違う緊張感があります

バラバラの場所にいても、刺激は届くという実感。

久しぶりに顔を合わせた4人は、互いの近況を聞きながら、素直な刺激を受け合っていた。

上里:
みんなそれぞれの場所で頑張ってる話を聞くと、単純に刺激を受けますね。全然違う場所にいるのに、なんだか励まされる

横森:
小さいことでも声をかけてくれる人たちがいるから、それが本当に力になってます

河野:
今の営業の子たちの販売成績を聞くとすごく嬉しいし、開発としても感謝しかないですね

違う場所で戦っているからこそ、お互いの頑張りが、素直に自分への刺激になる。それが「共に高め合う」という言葉の、飾らない実態だった。

[VALUE 3]
仲間を信頼しよう ─ それぞれの持ち場で、会社を良くしていく

それぞれの持ち場で、会社を良くしていくという約束。

バラバラの場所で、それぞれの戦いに向き合う4人。それでも、根っこにあるのは同じ営業部で培った「目の前の人に向き合う」という感覚だった。

河野:
営業を担当しているメンバーが将来のキャリアに迷ったとき、選択肢の一つになれる存在になりたいなと思ってます

萩谷:
私も同じですね。まだまだ女性のロールモデルが少ないので、こういう道もあるんだって示せたらいいなって思います

上里:
ホテルも、いずれ外部物件の運営受託まで視野に入れたい。まずは自分たちの手で、ちゃんと実績を作ることからです

横森:
本当にみんなに支えられてここまで来たので、結果で恩返ししたいですね

会社の成長と自分の成長を重ねながら、いろんな選択肢を捨てずに働き続けたい。それが、10年越しに再会した4人が、口を揃えた思いだった。

河野:
当時は営業から抜けるっていう不安もあったけど、結局、それぞれの場所で頑張っている姿を見ると、あのときの決断は間違ってなかったなと思えます

[ENDING]
じゃあまた、それぞれの現場で

この摩擦があるから、インヴァランスは面白くなる。

違うフィールドで、違う武器を持って、それでも同じ熱量で明日へ突っ走る。このちがいの摩擦があるから、インヴァランスは面白くなる。

「じゃあまた。それぞれの現場で。」