この物件に、私たちの答えがある
Vol.01に登場した桐島 遥のモデルは、ここにいる。INVALANCEの設計を担う2人に、物件の言葉を聞いた。
川本 美幸は、アバンセ湊のモデルとなった物件を主に担当した設計士だ。上條 久美子は、その上長として設計の判断を支えた。2人の立場は違う。しかし語られた言葉は、同じものを向いていた。設計とは何か、という問いへの、それぞれの答えだ。
川本——「住み続けてほしい」という設計の起点

川本が設計を語る時、最初に出てくるのは入居者の話だ。
「住んでいる方がここでずっと住みたいなって思うようなところがやっぱり大事で。そのための工夫を、いろんなところに散りばめて考えています」
それは、ただきれいな建物をつくるということとは、少し違う。単身向けの物件に住む人は、日中は外にいる。帰ってくるのは夜だ。そのことを意識すると、設計士が大切にするものが変わってくる。
「夜の建物の表情も、設計の視点として意識している要素のひとつです」
エントランスの照明、廊下の素材感、外観が夜の街にどう浮かびあがるか。毎日帰ってくる場所として、その積み重ねが「ここに住んでいてよかった」という感覚をつくっていく。昼間の日当たりも、使いやすい収納も、もちろん大切だ。ただそれと同じように、あるいはそれ以上に、毎日の帰宅の瞬間に何を感じるかが、長く住み続けるという選択につながっていく。
川本が入社する前、設計の仕事は別の環境で経験してきた。アトリエ系の設計事務所では、所長がすべての判断を下す。戸建て住宅の設計では、施主と直接話して全てを決めていく。どちらも、設計士の意思と施主の意向が直接ぶつかり合う現場だった。
「お客さんがいて、その方の一生のうちに建てる建物を設計するという仕事だったので、失敗したくないという気持ちがどうしても先に立つんです。結果として、おとなしい色、おとなしいデザインになりがちで。それはそれでひとつの答えだったんですけど、自分が本当にやりたいことを出し切れていない感覚がずっとあって」
INVALANCEに来て、その感覚が変わった。
「裁量を持たせてくれる、ということがまず大きかったです。これはチャレンジだね、やってみよう、という判断が社内で通る。設計部内でちゃんと選定して、段階を踏んで合意を作っていく文化がある。そのプロセスがあるから、思い切った判断ができる」
設計担当者がやりたいことを持っていれば、全力でサポートする——上條のそのスタンスが、川本の仕事の土台になっている。Vol.01の桐島と野村の関係は、ここから生まれている。
今回の物件で、川本がとりわけ記憶に残っている判断がある。それはやはり、外壁の色だ。
「一番鮮やかな色を採用しています。青を使うなら彩度が必要で、もし少しでも落としてしまうと自然光の関係で黒く見えてしまう。この色でなければという確信はあったんですが、やったことのない色だったので、最初は社内でも戸惑いがありました」
その戸惑いを超えて青が選ばれた背景には、設計部内での丁寧な選定プロセスがあった。候補を並べ、段階を踏んで議論し、合意を重ねた。そのプロセスがあったから、「やってみよう」という判断が生まれた。
「結果的に複数の方に評価していただけたのは本当に嬉しかったです。こういう挑戦をさせてくれる会社、させてくれる設計部で本当に良かったと思っています」
川本は、この物件が自分にとって「2物件目」だったとも言う。
「1物件目の時も、高級感を出すのが正直下手で。今回も、ラフさや居心地の良さという方向で評価していただいたんですけど、それは自分が最初からそこに振ったからでもある。逆に言えば、まだできていないことも見えてきた。次は何色で来るんだ、って自分に問いかけています」
一つの受賞が、次の課題を作る。それが設計士の時間だ。
Vol.01の桐島は夜の建物を見上げながら、「30年後、この青はどうなっているだろう」と思った。川本の言葉は、その問いの答えではなく、問いそのものだ。設計士は、いつも未来に問いかけながら、今の判断を下している。
上條——「設計士がやりたいことを持っていれば、全力でサポートする」

上條が設計士としての仕事を語る言葉は、常にチームへの視点を持っている。
「設計担当者が、どういうことをやりたいかを十分にきちんと持っていれば、それを全力でサポートしましょうというのが設計部のスタンスです」
自分の好みを押しつけるのではなく、担当者の意図を引き出すこと。それが上長としての役割だと上條は言う。今回の色の選定もそうだった。
「彼女が候補の色を見て、もっと鮮やかな青はないかと言った時、その根拠がきちんとあった。彩度を落とすと青に見えなくなるという論理が。だったら一番鮮やかな色でやってみようと判断しました」
チャレンジングな選択だった。それでも判断できたのは、担当者の言葉の中に確信があったからだ。社内でいろいろな意見が出ていたことも知っていた。それでも上條は押した。
「自分の好みが先に立ってしまうと、そこからなかなか外れられない。私自身もそうです。だけど、設計担当者が十分に考え、やりたいことを持っているなら、それを実行して、建ったものに対してどうだったか問答を繰り返すことが、設計士の成長だと思っています。川本さんにはこれからも挑戦しつづけてもらいたいと思っています」
上條がINVALANCEの設計部に入った頃、部門はまだ立ち上げ期に近かった。部署の人数も少なく、外部に設計を委託する案件も多かった。その時期を経て、今日の設計部になった。
「当時と今で、一番大きく変わったことを聞かれたら、標準仕様が整ったことだと思います。外部委託の数が増えてきた頃に、うちの基準をまとめ直そうという動きがあって。いろんな部署から意見を集めて、確認を繰り返し、仕様を見直した。あの時期に核ができて、今の流れに合わせ変化していると思っています」
標準仕様は、設計担当者の判断を縛るものではない。むしろ、逆だ。
「必要とされる機能や設備は定められていて、だからこそ、そこから先の意匠的な判断に集中できる。見えないところの品質は担保されている。その上で、どんな空間をつくるか、どんな色を選ぶかという話ができる」
基盤があるから、挑戦できる。上條の言葉はそういう意味だ。
上條が大切にしているのは、判断の結果だけではない。設計が、建物が、長い時間の中でどうなっていくかを見続けることだ。
「建物の中長期のことで認識を大きく持っているのは、保証の対象になってくるもの——防水ですとか、仕上げ材ですとか。設計の段階から、10年後・20年後を意識することが標準的な考え方になっています」
Vol.02で論じた「見えない品質」の話を、上條は設計の現場の言葉で語る。見えないところをちゃんとやる、という姿勢は、一人の設計士の価値観ではなく、チームに共有された判断基準だ。
ワンストップ構造が、この判断を可能にしていると上條は感じている。
「社内にいるっていうのはいいですよね。見えるところにあるから言える、という距離感がある。別の会社が管理していたら、どうしようもないことがたくさん出てきます。でもINVALANCEでは設計部に不具合のフィードバックが届いて、次の仕様に活かせる。そのサイクルが、うちにはある」
間接照明をつけたのに節電のために切られてしまう、植栽が育ちすぎて管理できなくなる——そういう話も、社内だから聞こえてくる。設計の意図が、運用の現実とぶつかる瞬間だ。
「切ないですけどね。でも、だからこそ次の設計では考慮できる。管理側がどう動くかを知っていれば、最初から一緒に答えを出せる。部署ごとに責任感を持って独立してやっているということの意味が、ここにあると思っています」
2人の言葉が重なるところ

川本と上條は、立場が違う。川本は設計の現場で判断を下す側にいる。上條はその判断を支え、次の設計士を育てる側にいる。しかし2人の言葉には、同じものが流れている。
川本はこう言った。「住んでいる方がここでずっと住みたいと思えるような工夫を、いろんなところに散りばめている」
上條はこう言った。「担当者がやりたいことをきちんと持っていれば、全力でサポートする」
川本:
「住み続けてもらうための工夫を、設計に散りばめる」
上條:
「担当者の確信を、チームの議論で合意して、
全力でサポートする」
↕
設計は、一人では完成しない。
チームの議論と合意が、ものづくりを前に進める。
長く住んでもらうことが、オーナーの資産価値を守ることになる。その思想が、設計の細部にまで及んでいる。そしてその細部の一つひとつが、チームの言葉によって決まっていく。
INVALANCEで設計するということ
最後に、設計の仕事について改めて聞いた。
川本はこう答えた。
「30〜50年くらいを見据えているという感覚があります。オーナーの方がローンを支払い終わるくらいまでを、設計の時にイメージしています。この青も、経年で少し深みが出て、それはそれでいい色になってくれると思っています。今が一番鮮やかな状態で、ここから変わっていく。その変化も含めて、設計のうちだと思っています」
「当たり前の積み重ねですよね、信頼って。一個一個の判断が、何年後かに必ず返ってくる。いい意味でも、悪い意味でも。設計した建物が10年後、15年後にどうなっているか、それをこれから見ていける会社にいるということが、設計士としての自分には大きいです」
Vol.01の桐島が、入社時に部門長から聞いた言葉がある。
「信頼の積み重ねですよね、この仕事って」
——その言葉が、今ここで現実になっている。
2人の言葉に共通しているのは、時間の感覚だ。竣工した日ではなく、10年後・30年後を起点に設計を考える。その視点が、INVALANCEのものづくりの根底にある。
物件は、完成した時が始まりだ。そこに人が住み、街の一部になり、時間をかけて育っていく。設計士の仕事は、その時間の最初の判断を担うことだ。
「設計は、起点であり終点でもある」
自分が下した判断が、5年後、50年後、何らかの形で必ず返ってくる。それがやりがいであり、責任であり、この仕事を続ける理由なのだ。
港町の夜に浮かびあがる青いラインを、
川本は「30年後が楽しみ」と言った。
その言葉を、この物件はこれから証明していく。
